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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)11886号 判決

原告 藤井郁也

右訴訟代理人弁護士 戸田満弘

被告 小田急電鉄株式会社

右代表者代表取締役 廣田宗

右訴訟代理人弁護士 花岡隆治

同 向井孝次

同 山田忠男

被告 帝都高速度交通営団

右代表者総裁 山田明吉

右訴訟代理人弁護士 鵜沢勝義

同 鵜沢秀行

同 滝川三郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告小田急電鉄株式会社(以下被告小田急という)は運行する旅客用の列車内及びプラットホーム上において乗客に対する商業宣伝放送をしてはならない。

二  被告帝都高速度交通営団(以下被告営団という)は被告小田急が運行中の被告営団の列車内において乗客に対する商業宣伝放送を行うことを許してはならない。

三  被告らは原告に対し、各自、本訴状送達の日から被告小田急が第一項の車内商業宣伝放送を中止するまで、一ヶ月につき各一万円を毎月末日限り支払え。

四  (被告営団に対する予備的請求)

被告営団は被告小田急の軌道上で運行中の被告営団の列車内において乗客に対する商業宣伝放送をしてはならない。

五  訴訟費用は被告らの負担とする。

六  仮執行の宣言

(被告ら)

主文と同旨

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

一  被告小田急は乗客の輸送その他を目的とする会社であり、被告営団は帝都高速度交通営団法に基づいて設立された乗客の輸送を目的とする法人である。

二  原告は、昭和五五年一一月末日までは、日々、主として、被告小田急の玉川学園駅から被告小田急と被告営団との連絡駅である代々木上原駅を経由して被告営団の赤坂駅までの区間を運賃を前払し、乗車券を受けて往復し、同年一二月一日以降は、玉川学園駅から代々木上原駅を経由して乃木坂駅までの区間を、右同様の方法で、往復している者である。

三  被告小田急は、遅くとも昭和四七年ころから、玉川学園駅と代々木上原駅間を運行中の列車内において、拡声装置を用いて、列車内の乗客に対し、被告小田急が経営する小田急向ヶ丘遊園(以下向ヶ丘遊園という)に関する商業宣伝放送を反覆継続して行ない、昭和四九年一一月一五日に被告小田急が経営する小田急御殿場ファミリー、ランド(以下御殿場ファミリー、ランドという)が、また昭和五一年一〇月二八日に被告小田急が経営する小田急箱根アスレチック、ガーデン(以下箱根アスレチック、ガーデンという)がそれぞれ営業を開始した後は御殿場ファミリー、ランド及び箱根アスレチック、ガーデンに関する商業宣伝放送をも、右同様の方法で、反覆継続して行なっており、更に、昭和五六年四月ころからは、被告小田急の各駅のプラットフォームにおいても、右同様の商業宣伝放送を行なうようになった。

四  被告営団は、昭和五一年三月三一日、被告営団の千代田線と被告小田急の小田急線とが相互に乗り入れ営業を開始した後、被告小田急が被告小田急の軌道上を運行中の被告営団の列車内で、前項記載と同様の方法で、乗客に対し、被告小田急所有の向ヶ丘遊園などの前記各施設に関する商業宣伝放送を反覆継続して行なうことを許している。しからずとするも、被告営団は被告小田急の軌道上を運行中の列車内で右商業宣伝放送を行なっている。

五  原告は被告らに玉川学園駅から赤坂駅又は乃木坂駅までの運賃全額を支払って、被告らから乗車券を受取ることにより、被告らとの間で右両駅間の運送契約を締結したものであり、被告らは原告に対し、乗車駅から降車駅まで快適安全な輸送をなす義務を負担する。

しかるに被告らの第三、第四項の各行為は、乗客として走行中の列車内に拘束された状態にある原告に対し、聴取する義務のない商業宣伝放送を聴取することを一方的に強制するもので、被告らの負担する快適な輸送をなす債務に著しく反するのみならず、乗務員が走行中の列車内で商業宣伝放送をなすことは、運転の安全の確保に関する運輸省令第二条に規定する、乗務中は運転取扱に関する規定を忠実、正確に守り、関係者との連絡を緊密にし、打合せを正確にし、必要な確認を励行し運転状況を熟知し、協力一致して事故の防止に努め、旅客及び公衆に傷害を与えないように最善を尽さなければならない義務に違反することは明らかである。

六  更に被告らの第二、第三項の各行為は、被告らの営む鉄道の公共性を考慮することなく、走行中の列車内に拘束された乗客の弱い立場を利用し、拡声器を通じて一律かつ反復継続して乗客の耳に商業宣伝放送を好むと好まざるとにかかわらず無理矢理に注ぎ込むこととなり、聴きたくもないものを無理矢理聴かされない自由を侵害している。

七  被告小田急の各駅のプラットフォーム上での商業宣伝放送も、乗客が乗車駅の改札口から降車駅の出札口を出るまで、事実上、鉄道の施設内に拘束される点で列車内の乗客と同じ立場にあり、被告小田急は第五、第六項と同様の義務違反をなしている。

八  よって原告は運送契約の債務不履行、商法五九〇条及び人格権侵害に基づいて、被告小田急に対し走行中の列車内及びプラットフォーム上での商業宣伝放送の禁止を、被告営団に対し走行中の列車内で被告小田急が商業宣伝放送をなすことを許すことの禁止を、並びに被告らに対し被告小田急が列車内での商業宣伝放送を中止するまで一ヶ月金一万円の慰藉料を各自が支払うことを、被告営団に対し、予備的請求として、被告小田急の軌道上で走行中の列車内での商業宣伝放送の禁止をそれぞれ求める。

(請求原因に対する被告小田急の認否)

一  請求原因第一項は認めるが、同第二項は知らない。

二  同第三項のうち、被告小田急が向ヶ丘遊園、御殿場ファミリー、ランド及び箱根アスレチック、ガーデンを経営していること、被告小田急が走行中の列車内及び各駅のプラットフォーム上で右各施設に関する案内放送をしていることは認めるが、右放送を反復継続して行なったことは否認する。

三  同第五項のうち、原告と被告小田急とが運送契約を締結したことは知らない。被告小田急が運送契約により負う債務は善良なる管理者の注意によって安全に輸送する債務を負うことは認めるが、その余は否認し、争う。

四  同第六、第七項はいずれも否認し、争う。

(請求原因に対する被告営団の認否)

一  請求原因第一項は認めるが、同第二項は知らない。

二  同第三項のうち、被告小田急が走行中の列車内で拡声装置を用いて向ヶ丘遊園などの施設の案内放送をしていることは認めるが、その余は知らない。

三  同第四項のうち、昭和五一年三月三一日、被告営団の千代田線と被告小田急の小田急線とが相互直通運転を開始したことは認めるが、その余は否認する。

四  同第五項のうち、原告と被告営団との間で運送契約を締結したことは知らない。仮りに運送契約を締結したとしても、原告と被告営団とは代々木上原駅から赤坂駅又は乃木坂駅までの運送契約であり、被告営団は、運送契約により、善良なる管理者の注意をもって安全かつ遅滞なく目的地まで輸送する義務を負うものであって、これ以上の義務は含まれない。原告の債務不履行の主張は争う。

五  同第六項は争う。

(被告小田急の主張)

一  原告が主張する商業宣伝放送は向ヶ丘遊園などの健全かつ健康な施設で行なわれる催し物についての案内放送であり、第三者から料金を取得して、有償で第三者の営業を宣伝するものではなく、その内容も聴く者に不快感を与えてはおらず、実施時間も催し物のある時節の午前一〇時から午後四時までの間、一回の放送時間は一〇ないし一五秒であり、実施回数も新宿駅から小田原駅又は片瀬江ノ島駅までを二区間に分け、一区間の乗車時間三〇ないし四〇分に一回以下としており、その音量についても係員が適否を確認して調整をはかるなど格段の注意を払い、被告小田急の案内放送の効果は軽視できないものがあり、営業の自由の範囲に属するものである。

二  原告は運送契約において快適輸送義務を主張するが、契約上、法令上から右義務を規定したものはなく、右義務は認められるものではなく、また快適さを決定する要素は多岐に亘り、一義的には決定しえず、感覚上の問題である以上、到底法的義務とすることに親しまず、仮りに快適輸送義務があるとしても、原告の主張する差止請求権を成立させる法的効果をもつものではない。

三  原告は人格権侵害を主張するが、原告がいう聴きたくないものを無理矢理聴かされない自由という意味での人格権が抽象的に観念されることは否定できないが、その侵害の具体的態様、対象、程度などによってその適用の有無、法的効果などは異なり、一律でないことは明らかであり、被告小田急の案内放送の態様、内容からして、被告小田急の営業の自由を考慮すれば、少くとも差止請求や慰藉料請求を認めなければならない人格権侵害はない。

(被告営団の主張)

被告らの相互直通運転は、それぞれ自己の営業線上で相手方の車輌を借りて自己の乗務員を乗務させて運行しているもので、車輌の使用は有償で、被告小田急が被告営団の車輌を使用する場合は、車内の拡声装置を利用することは何ら使用目的に反するものではなく、被告小田急の営業活動の範囲内の問題で、被告営団は干渉することができず、また被告営団は代々木上原駅から赤坂駅又は乃木坂駅までの区間以外については、原告に対し何ら運送契約上の債務を負担するものではない。

(被告らの主張に対する原告の答弁)

一  被告小田急の主張は否認し、争う。被告小田急経営の向ヶ丘遊園などの施設は高度の営利性を有しており、午前一〇時以前、午後四時以後に商業宣伝放送が実施されている。被告小田急の商業宣伝放送は被告小田急の利益にのみ行なわれ、乗客には何ら歓迎されるものではない。

二  同第二項は否認し、争う。鉄道関係法令中には、鉄道運輸規程第一条、鉄道営業法第一五条第二項、第三五条など、快適輸送義務を前提する規定がある。

三  同第三項は争う。

四  被告営団の主張のうち、被告らの相互乗入れ運転の取り決めは知らない、その余は否認し、争う。原告が被告営団の直通電車を利用する場合は、料金は全額被告営団に支払い、乗り換えることも要せず、被告営団との間で玉川学園駅までの運送契約が結ばれたとみるのが相当であり、また商法五七九条の類推適用により、同様にみるのが相当である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第一項は当事者間に争いがない。

二  同第二項は《証拠省略》によりこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三  同第三項について判断するに、被告小田急が代々木上原駅から玉川学園駅までの区間で走行中の列車内で拡声装置を用いて向ヶ丘遊園、御殿場ファミリー、ランド及び箱根アスレチック、ガーデンに関する商業宣伝放送(被告らは単に案内放送なる文言を用いているが、後記認定のとおり、右各施設の営業を宣伝し、来園を誘引する放送であり、商業宣伝放送と判断することができる。)をなしていることは当事者間に争いがなく、右商業宣伝放送については《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

1  被告小田急は、昭和四六年以前から向ヶ丘遊園を、昭和四九年一一月一五日から御殿場ファミリー、ランドを、更に昭和五一年一〇月二八日から箱根アスレチック、ガーデンをそれぞれ開園し、来園者からは料金をとって入園させ、数多くの有料の各種の乗物、遊戯施設を有し、入園者に利用させる方法で右各施設を営んでおり(被告小田急が向ヶ丘遊園などを経営していることは原告と被告小田急との間では争いがない。)、遅くとも昭和三六年ころから向ヶ丘遊園について、更に御殿場ファミリー、ランド及び箱根アスレチック、ガーデンが開園してからは、右各施設の商業宣伝放送を行ない、遅くとも昭和五五年七月以降は、右各施設において催し物があったときに、右催し物に関して商業宣伝放送が行なわれており、その期間も一年のうち約六ヶ月の間、いずれかの施設で何らかの催し物が行なわれていること

2  被告小田急は列車内でも商業宣伝放送の管理を運輸部運輸課で行なっており、遅くとも昭和五五年七月以降では、放送時間は午前一〇時から午後四時までの間に限られ、早朝、深夜及び通勤通学時間には行なわれておらず、一回の放送時間も一〇ないし一五秒という短い時間であり、放送回数は新宿駅から相模大野駅までを一区間、相模大野駅から小田原駅又は片瀬江ノ島駅までを一区間とし、各区間三〇分ないし四〇分の乗車時間について最大限一回として、悪天候やダイヤの乱れがある場合には放送を中止することがあり、音量についても停車駅などの案内などの業務用放送と同一で、出発駅で車掌が車掌室と客車との間の戸を開け、乗客と同じ状況で音量が適切であるか確認したうえ放送をなし、運輸課で商業宣伝放送に関して車掌の指導監督をなし、放送の文案についても承認を与える方式をとっていること

3  被告小田急は小田急線の各駅のプラットフォーム上においても商業宣伝放送が行なわれ、昭和五五年からは、放送時間帯は午前一〇時から午後四時までに限られ、一回の放送時間も一〇ないし一五秒であること

なお、原告は右商業宣伝放送が反覆継続して行なわれている旨主張しているが、右主張を認めるに足りる証拠はない。

三  同第三項については、被告営団は被告小田急がその軌道上を走行中の被告営団の列車内で商業宣伝放送を行なうことを許している、又は被告営団自身が商業宣伝放送を行なっている旨主張しているが、右主張を認めるに足りる証拠はなく、かえって《証拠省略》によれば、被告らは、昭和五三年三月二二日、千代田線と小田急線との相互直通運転契約を締結し、同月三一日から相互直通運転を開始し、代々木上原駅を分岐点として、それぞれ自己の営業線上を相手方の車輌を有償で借りて自己の乗務員を乗務させ、列車内に整備されている拡声装置を利用して業務放送などをし、被告小田急は、右契約に基づいて、被告営団の車輌を賃借して列車内で商業宣伝放送をなしたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。してみると、原告は被告小田急の軌道上での商業宣伝放送について訴求しているのであるから、被告営団は車輌を賃貸しているにすぎず、商法五七九条の類推適用も相当でなく、原告の被告営団に対する主張はいずれも理由がない。

四  第四項について判断するに、第二項及び前項の認定事実によれば、被告小田急と原告との間では玉川学園駅から代々木上原駅までの区間について、乗車券を購入した際には、運送契約が締結されたと認めることができる。

原告は、右運送契約に基づいて、被告小田急には快適輸送義務を負っている旨主張しているが、被告小田急が快適に乗客を輸送することは望ましいとしても、右運送契約に快適に輸送すること、更には商業宣伝放送をしないことを契約内容としていると認めるに足りる証拠もなく、法令上から右快適輸送義務を運送契約の内容とすると認めることができない。原告の主張する法令は右快適輸送義務を定めたものとは認められない。

したがって、右快適輸送義務を前提とする原告の主張は理由がない。

五  次に同第五項について判断するに、原告の主張する聴きたくないものを無理矢理聴かされない自由を我々は有していると考えられ、また第三項認定の事実によれば、被告小田急のなす商業宣伝放送は営利性を有する向ヶ丘遊園などの施設に関するものであることが認められる。

しかしながら、原告の主張する右自由は絶対不可侵のものではなく、時、場所、聴かされる音の内容、程度などによって、ある程度制限を受けることもやむを得ないと考えられるところ、被告小田急のなす商業宣伝放送が第三項認定の放送期間、時間帯、放送時間、放送回数、音量であり、被告小田急が列車内もしくはプラットフォーム上である程度の営業をなす自由があることをも考えると、被告小田急が商業宣伝放送をなすことの相当性はともかく、これを差止め、あるいは原告に慰藉料を支払う義務を認める違法性を認めることはできない。

六  以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松峻)

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